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鷲子山上神社
鷲子山上神社は全国でも珍しい「県境をまたいである神社」として知られる。
茨城県と栃木県の県境をまたぐ鷲子山にある。大鳥居の真ん中に県境があり、中央にある「県境標示」は、本やテレビでも取り上げられすっかり有名になっている。
このほか楼門、本堂にも中央に県境がある。茨城県の住所が常陸大宮市鷲子、栃木県側の住所が那須郡那珂川町矢又になる。
名称も茨城県側で「とりのこさんじょうじんじゃ」、栃木県側で「とりのこさんしょうじんじゃ」で登録(両県神社庁)され、宮司も別々にいる特別な神社。
ただし通常の表記(看板等)は混乱を避けるためももあってか茨城県側も含めて「とりのこさんしょうじんじゃ」になっている。
また社務所も両県別々にあるが通常の社務は栃木県側で行われている。
このためパンフレット等の住所も栃木県側の住所のみとなっており栃木県の神社として認識されていることが多い。カーナビなどでも栃木県で検索しないと出ない場合が多い。
当ページ作成の目的は、鷲子山上神社という神社を広く知ってもらいたい、ということに加えて「茨城県の神社でもある」ということを知らしめることにもある。
祭神は天日鷲命(あめのひわしのみこと)、相殿には大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀る。 旧郷社。天日鷲命は、運気上昇、金運福徳、商売繁盛に、大己貴命は大黒様とも呼ばれ縁結びや幸福健康、金運福徳、家内安全に、 少彦名命は、恵比寿様とも呼ばれ、病気平癒、交通安全、厄難消除、方除け、学業成就に、それぞれ御利益があるとされる。 創建は807(大同2)年、大蔵坊宝珠上人が阿波国から天日鷲命を勧請し鷲権現とした。同時に阿波国の製紙業を学び、紙すきなど製紙技術を伝えたという。 以降鷲子山周辺では製紙が盛んになり、この人たちに信奉され神社も栄えたとされる。 828(天長5)年疫病が流行したため、大己貴命、少彦名命を祀ったとされる。武士の時代にも広く崇敬を集め、1197(建久8)年、源頼朝が、 1587(天正15)年にはこの地の龍主となっていた佐竹義胤、1648(慶安元)年には徳川家光が寄進した記録が残る。 鷲子山上神社は鳥が神の使いとされる。特に「フクロウ」が神の使いとして、加えて「不苦労」の語呂合わせから縁起もよく象徴となっている。 鎮座1200年を記念して建立された日本一の大フクロウもあり、別名「フクロウ神社」とも呼ばれている。 さらに近年では、参拝後に宝くじが当選したエピソードなどがテレビ等で取り上げられたこともあって金運アップのパワースポットとして一躍注目を集めている。 なお、当ページ作成にあたり、鷲子山上神社の公式ホームページや同神社発行のパンフレットなどを参考にした。 大鳥居 県境が参道の中央を通る大鳥居。同神社のシンボル的存在として有名。中央の「県境標示」は、これ自体が人気となっており、御朱印や御守りにも使われている。 このまま随神門までは参道の中央が県境となる。大鳥居の扁額は「鷲子山」。大鳥居と県境標示(左)、大鳥居の扁額(右) 本殿 本殿は、三間社流造、銅板葺。1552(天文2)年に建立された記録が残る。 現在の本殿は1788(天明8)年の再建。日光東照宮造営の流れをくむ宮大工により各所に彫刻が施されている。 茨城県と栃木県の県境が社殿中央を通る。大鳥居や随身門と違い、本殿を横切り前後を通る。前側が茨城県、後側が栃木県。 また茨城県と栃木県の文化財に指定されている。本殿 本殿県境。ほぼ社殿の中央を通る。柵の中央下に県境標示(左)、その県境標示プレート(右) 本殿に施された彫刻 阿吽の大龍 阿吽の大龍は、本殿前の上部左右にある。拝殿側からは見えない。 向かって右側に口を開けた阿の大龍、同じく向かって左側に口を閉じた吽の大龍がある。 1788(天明8)年、日光東照宮造営を手掛けた彫刻師の系譜で、下野国(栃木県)芳賀郡の彫物棟梁石原藤助の手によるもの。 12年に一度、辰年に御開帳が行われている。 普段は、戸に囲まれていて見えないことから、この龍の存在はほとんど知られていなかった。 このため多くの人に知ってもらおうと辰年の2012(平成24)年に初めて公開された。 2024(令和6)年は4月29日から5月7日まで御開帳された。 また、拝殿前には御柱が設けられた。 阿吽の大龍、本殿向かって右側の阿の大龍 阿吽の大龍、本殿向かって左側の吽の大龍 拝殿 参道と90度向きを変えて拝殿、本殿がある。拝殿前にはフクロウが対で置かれている。 扁額の書は水戸徳川家出身で伊勢神宮大宮司を務めた徳川宗敬による。拝殿(左)、阿吽の大龍御開帳で拝殿前に設けられた御柱(右) 徳川宗敬の書になる拝殿の扁額(左)、拝殿前のフクロウ(右) 随神門 随神門は三間一戸の楼門。1815(文化12)年の建立。随神門の中央を茨城県と栃木県の県境が通る。 茨城県及び栃木県の指定文化財。明治の神仏分離以前は安養閣と称された。扁額の文字は今でも「安養閣」となっている。 現在の楼門以前に1543(天文12)年に建立された楼門があったことが仁王像の中にあった木札の記録からわかっている。 随神門の鳥居側左右に随神像の左大臣像と右大臣像が、反対の社殿側に仁王像がある。左大臣、右大臣像は、1721(享保6)年5月、江戸の大仏師、原田右京の作。 随神像は神域に邪気などが入るのを防ぐため建立されている。かつては楼門の社殿側にあったが、明治の神仏分離以降、鳥居側に移されている。 これまでに1814(文化11)年、1902(明治34)年に大修理が行われていた。 2019(令和元)年に120年ぶりの令和の大修理が行われ、建立当時の彩色がよみがえっている。 同じく仁王像も1721(享保6)年11月、江戸の大仏師、原田右京の作。 社伝では明治の神仏分離で撤去されることになったが、輸送の途中で様々な異常が起こり、 運んでいた人たちは恐れをなし楼門の社殿側に据え、廃仏毀釈が過ぎるまで板を張り付けていたとされる。 随神門(左)、随神門の扁額、中央に「安養閣」、両側に文字が読み取りにくいものの神社の扁額(右) 随神門参道左側の右大臣(左)、同じく右側の左大臣、両像とも令和の大修理で美しい色彩がよみがえった(右) 大鳥居と同じく随神門の中央を通る県境標示(左)、その県境標示プレート(右) 随神門社殿側の左側にある仁王像吽形像(左)、同じく右側にある仁王像阿形像(右) 参道 社務所前と拝殿前を結ぶ参道の石段は「フクロウの石段」と呼ばれる。全96段あり、これを往復することで「2×96」で不苦労(ふくろう)になるとされる。 参道脇には多くのフクロウ石像が奉納されている。 大鳥居をくぐると左に手水舎、その前に福亀石畳、楼門、そして拝殿前に門がある。フクロウ石段(左)、参道脇にある奉納されたフクロウ像(右) 狛犬、参道左側(左)、同じく右側(右) 拝殿前門(左)、同じく拝殿側から(右) 鷲子山本宮神社 最初に鷲子山上神社が建立された場所。「本宮」あるいは「本宮神社」と呼ばれる。「金運福徳」に御利益があるとされる。 本宮前に大フクロウが建立されている。鷲子山本宮神社 鷲子山本宮神社前鳥居と参道、正面に大フクロウ、さらに本宮神社社殿がある(左)、鷲子山本宮神社前おみくじ(右) 大フクロウ 鷲子山上神社のシンボルともなっている日本一の大フクロウ像。同神社の一番人気のパワースポットともなっている。本宮の前にある。 2008(平成20)年、鎮座1200年を記念して建立された。大フクロウに祈願すると「苦労を運び去り、多くの幸運をもらえる」とされる。 金運にも恵まれるといい、宝くじの当選祈願も多いという。像の下に5本の柱がある。中央の柱が「不苦労御柱(ふくろうおんばしら)」。 苦労をたたきだし、開運、金運をいただくため、備えてある棒でたたき、それから柱に両手で触れることで、御利益があるという。 その四方にあるのが「四神の御柱(ししんのおんばしら)」。 向かって左手前が「朱雀御柱」、奥が「玄武御柱」、同じく右手手前が「白虎御柱」、その奥が「青龍御柱」。 これらに祈願することで除災招福の御利益があるとされる。 「ふくろうの鐘」は大フクロウの向かって左手前にある。多くの人々との絆を願い設置された。 家内安全、夫婦円満、恋愛成就、金運、子授けなどに御利益があるとされる。 「ふくろうのポスト」は、神様への願い事を書き、それをふくろうのポストに投函、神様に願い事が届けられるという。フクロウ祈願文と書かれている。 大フクロウ(左)、大フクロウ後姿(右) 不苦労御柱(左)、ふくろうポスト(右) ふくろうの鐘(左)、ふくろうの鐘全景(右) 手水舎 楼門左手前にある。手水舎の石は四国より神様を迎えた時乗ってきたとされる石舟「お舟石」の一部でつくられているとされる。手水舎に隣接する「水かけふくろう」は、このフクロウに水をかけることで、苦労を流し去ってもらい、多くの幸福をいただこうというもの。 手水舎 手水(左)、手水舎脇の水かけフクロウ(右) 福亀石畳 参道の手水舎前にある。同神社を訪れた人たちの「健康長寿」「運気上昇」を願い、石畳に配されたものという。手水舎前の参道にある福亀石畳 千年杉 拝殿脇にある。推定樹齢1000年、幹回り約7m、直径約2m20cm。「とちぎ名木百選」で「鷲子山の千年杉」として指定されている。中央が千年杉、右側が拝殿(左)、注連縄がまかれた千年杉(右) 境内社 境内には多くの社がある。大国神社 本殿裏にある。扁額は「開運甲子大黒天」。鷲子山の御祭神3柱の1柱。福徳円満、財宝貯蓄、縁結びの神様として信仰を集める。 御神体は木造大黒天立像。カヤの一木造で総高68cm、像高50cm、最大幅33cm、奥行30cm、台座高18cm。 2008(平成20)年の調査で室町時代の作と確認された。 大国神社 羽黒神社 本殿裏にある。もと現在の本社地にあり、現在の本社建立に伴い現在地に移転した。「ハグロ」という字音から「歯の守り神」としても信仰を集める。 萩の橋を備える習わしがあるという。 羽黒神社 三社 本殿裏にある。旧神領坂本組の人々が祀る社。向かって右から風神社、古峰社、雷神社。 三社 三本杉神社 千年杉脇にある。同神社の祭礼、夜祭において奉幣の儀が同神社であり、御幣が納められる。 三本杉神社 稲荷神社 奥山稲荷。本殿裏に少し離れてある。伏見稲荷大社を勧請した。 防災、芸能、五穀豊穣、商業の神として信仰されている。 稲荷神社前に水源地と田を守る農業の神様「田の神の社」、家庭の台所や勝手場の火の元を守るという「火の神の社(おかまさま)」、 皮膚伝染病の神、美顔人相の神という「疱瘡神の社」が祀られている。 稲荷神社社殿 稲荷社鳥居(左)、稲荷社前の神社、向かって右から田の神の社、火の神の社、疱瘡神の社(右) 光丸山神社 本宮神社前にある。祭神は大己貴命、少彦名命。明治初期の創建。現在の社殿は1955(昭和30)年の改築。 天満宮 本宮神社前に光丸山神社と並んである。祭神は菅原道真公。茨城県側にあった長倉城(現常陸大宮市)内の天満宮を移した。 左側が光丸山神社、右側の小さな社が天満宮 福ふくろうロード 延長は約350m。100体以上のさまざまなふくろう像があり、それぞれの御利益があるとされる。 初夏はあじさいで、冬は寒椿で彩られる。福ふくろうロード入口近くには「九星ふくろう」、途中には「十干十二支ふくろう」がある。 「お願いふくろう」は木造の3体のふくろう像。御神体のお使いとして鎮座する。願いがかなった場合、ふくろうを納める場所でもある。 このほか、「福ふくろう」や「大ふくろう」はじめ、「厄除けふくろう」「平和ふくろう」「音楽芸術ふくろう」「幸せふくろう」 「恋人ふくろう」「子宝安全ふくろう」など、多くのふくろうモニュメントがある。九星ふくろう 生まれ年によって変わる一白水星、二黒土星、三碧木星、四緑木星、六白金星、七赤金星、八白土星、九紫火星の9つ。 星まわりとも呼ばれる。 九星ふくろう お願いふくろう 大神様のお使いとして設けられた三体の木彫のフクロウ。2016(平成28)年11月設置。 中央の「福ふくろう」と刻まれた大きな台座の上に鎮座するのが天日鷲命のお使いフクロウ。 向かって右側が大己貴命のお使いフクロウ、同じく左側が少彦名命のお使いフクロウ。 大神様のお使いにお願いを託すとともに、願いが叶ったら感謝を伝える場所でもあり、願いが叶ったとして奉納された多くの小さなフクロウが置かれている。 お願いふくろう(左)、建物(右) なんでも叶うふくろう 翼の耳と心の耳を持つ木彫のフクロウ。翼の耳には「喜び」「希望」「願い」「感謝」を、 心の耳には「悩み」「愚痴」「悲しみ」「反省」を、いずれも備え付けの「黄色のメガフォン」で語りかける。 全て良い方向にと願い、心をすっきりさせ、日々笑顔で過ごせるようにするという なんでも叶うふくろう(左)、建物(右) 十干十二支ふくろう 十干十二支は、組み合わせで60年で一回りする。60歳で還暦というのはここからきている。中央に十二支、その両側に5体ずつ十干フクロウが並んでいる。 十干十二支ふくろう 福ふくろうロード入口 平和ふくろうと音楽芸術ふくろう(左)、厄除けふくろう(右) 福ふくろう 幸せふくろう(左)、恋人ふくろう(右) 福ふくろうロード(左)、四阿(右) 団欒ふくろう(左)、家内安全家族ふくろう(右) 大ふくろう(左)、家内安全ふくろう(右) 職場円満ふくろう(左)、子宝安産ふくろう(右) 大願成就ふくろう(左)、学業ふくろう(右) 見ざる聞かざる言わざるふくろう(左)、自然保護ふくろう(右) 見晴台からの眺望(左)、見晴台(右) 方除けふくろう(左)、感謝元気ふくろう(右) 亀井戸 山の頂にあるのに、枯れることが無いという。伝承では、山頂のためどこを掘っても水が出なかったが、 神託により、亀の形の石を掘った井戸に沈めたところこんこんと水が出たとされる。亀井戸 笑顔ふくろう 福ふくろうロード入口近くにある。笑顔ふくろう 霊峰あじさい 70種類、約2000本ある。6月中旬から7月中旬が見頃。あじさい 霊峰もみじ 「朝やけもみじ」は樹齢200年とされる山もみじで、朝日が当たると素晴らしい美しさと称えられる。 一方「夕やけもみじ」は推定樹齢250年の山もみじで、夕方美しく輝くことからこう呼ばれるという。鳥居 国道293号線沿いにある鳥居。扁額は「鷲子山上神社」。鳥居 社務所 茨城県側と栃木県側、双方にある。通常の社務、御守りや御朱印など授与は栃木県側の社務所で行われており、 茨城県側の社務所では祭礼やイベントなどで使用される。御守り、御朱印などの授与は栃木側の社務所 茶屋・売店 鳥居近くの駐車場脇に売店。御手洗脇や奥宮前に茶屋がある。大鳥居前の参道の様子 御朱印 授与は栃木県側社務所。初穂料は500円。鷲子山上神社御朱印 御朱印帳 オリジナル御朱印帳は大小、2種類ある。表紙はいずれも大フクロウが描かれており、裏表紙は大御朱印帳のみ大鳥居と県境標示。アクセス 常陸大宮市鷲子3627−1。栃木県那須郡那珂川町矢又1948。鷲子山上神社駐車場の地図 鷲子山上神社大駐車場の地図【車】 茨城県側は常磐自動車道、那珂インターチェンジから、同じく栃木県側からは東北自動車道矢板インターチェンジから。 栃木県側は、近くを栃木県道232号矢又大内線が通るため、カーナビなどではこちらからの道を案内されることが多いが、 実際には茨城県側の鷲子山林道の方が道幅が広い。神社でも茨城県側からの道を薦めている。 【公共交通機関】 JR烏山線「烏山駅」下車、タクシーで約12km。
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